夜行列車

夜行列車には旅の郷愁が詰まっています。年を追って数を減らす寝台列車などの旅の記録です。

p4030000.jpg


幼少時からただひたすら眺めていただけのブルートレイン。
それも東京発九州方面行は別格の存在感でした。
昔日の豪華さは失われたものの、憧れは変わるものではありませんでした。

(2007年12月) 寝台特急「北斗星3号」「北斗星2号」
(2007年 1月) 寝台特急「富士」
(1997年11月) 寝台特急「出雲1号」
(1980年 5月) 夜行急行「アルプス」


〜上野、札幌を寝台特急で往復〜「北斗星3号」「北斗星2号」

(2007年12月)

青函トンネルの完成により、本州と北海道のレールが結ばれました。
上野発札幌行の豪華寝台特急列車として「北斗星」が走り始めました。
これまでにモノクラス寝台特急の「エルム」の増設・廃止やA寝台のみの「カシオペア」の新設を経て、全盛期の列車本数ほどではありませんが2往復態勢の「北斗星」に乗車しました。
往路はJR東日本の車輌で組成された3列車「北斗星3号」、復路はJR北海道の2列車「北斗星2号」で上野・札幌間を往復しました。

(画像はビデオから切り出したものです。)

▲ Topへ
夜行列車は地平ホームから
〜上野駅〜
p4030022.jpg

かつて夜行列車全盛の時代は、北へ向かう列車のほとんどが上野駅地平ホームから出発していました。
当時の賑わいこそありませんが、上野駅地平ホームには今でも北へ向かう旅人の郷愁が立ち込めている気がします。

〜上野-青森(信)の牽引機EF81〜
p4030023.jpg

札幌までの間に、3種類の機関車が「北斗星」をエスコートします。
トップバッターは青森信号所までのEF81形交直両用電気機関車です。
東北本線は、栃木県の黒磯駅で直流から交流に切り替わります。 「北斗星」は黒磯を通過しますが、停車せずに直流から交流に切り替えのできる専用のEF81がその任にあたります。
この日は、88号機が運用に入りました。

〜10号車オロハネ24〜
p4030024.jpg

札幌までの長い旅路を快適に過ごすため、個室A寝台を選択しました。
車輌は2人用個室B寝台デュエットとの合造車オロハネ24 552です。

〜JR東日本のロイヤル〜
p4030025.jpg

シックな雰囲気の個室A寝台ロイヤルの室内です。 「北斗星」の中では一番豪華な部屋です。
一人用ですが、ベッドは広く、2人での利用も可能です。
今回は妻と2人で1室の利用としました。

〜ウェルカムドリンク〜
p4030026.jpg

ロイヤルにはウェルカムドリンクのサービスがあります。
車掌による検札のあとに食堂車のスタッフが運んできます。
2人利用であれば、グラスも2人分用意されます。

〜夜の停車駅〜
p4030027.jpg

出発したその日のうちに東北本線内のいくつかの駅に停車しますが、途中駅からの乗客はあまり見当たりませんでした。

乗務員の交代
〜蟹田〜
p4030028.jpg

早朝の蟹田駅でJR東日本の車掌からJR北海道の車掌に交代します。
国鉄時代であれば、車掌のうち何人かは始発から終着まで通して勤務するのが常でしたが、 国鉄民営化により別会社となった本州と北海道では途中駅で車掌のすべてが入れ替わります。

DD51形ディーゼル機関車
〜函館〜
p4030029.jpg

夏場であれば既に陽が昇り明るくなっていることでしょう。
冬至に近いこの季節では、まだ闇が残っています。
函館で3番目の牽引機であるDD51形ディーゼル機関車に交替します。 行き止まり型の函館駅に停車した列車には、折り返しとなる札幌方先頭車に機関車が連結されます。
雪の舞う中、慎重な作業が行われます。

〜函館〜
p4030030.jpg

DD51形ディーゼル機関車は重連で「北斗星」を牽引します。

〜五稜郭〜
p4030031.jpg

函館を出た「北斗星3号」は、五稜郭機関区の脇を通り抜けます。

〜大沼公園〜
p4030032.jpg

早朝の大沼公園を静かに走り抜けます。
折りしも白鳥が水面を蹴って翔びたつところでした。

〜内浦湾〜
p4030033.jpg

車窓には、別名を「噴火湾」とも呼ばれる内浦湾が朝陽に輝きます。
駒ヶ岳を越えて海に出ると、しばらく湾沿いに海を見ながら走ります。
北海道に渡ってきた実感が大きく感じられる瞬間でもあります。

特急「スーパー北斗」の通過待ち
〜八雲〜
p4030034.jpg

「北斗星」は特急列車ですが、八雲で運転停車をしている間に、後から函館を出た札幌行の「スーパー北斗」に抜かれてしまいます。
相手は振子式の新型気動車列車、方や国鉄時代から引き継がれた機関車牽引の客車列車では、仕方がありません。

函館本線から室蘭本線へ
〜長万部〜
p4030035.jpg

函館から函館本線を走ってきた「北斗星」は長万部から室蘭本線へと入ります。
函館本線は大きく北へ反れて、山線と呼ばれる山間部を越え、小樽を経由して札幌へ向かいます。
何年か前に有珠山の噴火により室蘭本線が不通となった際には、「北斗星」や「カシオペア」はこの山線回りで札幌へと向かいました。
C62蒸気機関車の重連で有名だった急行「ニセコ」も山線経由でした。

〜長万部〜
p4030036.jpg

長万部では数名の乗客が降りていきました。

特急「北斗」と交換
〜伊達紋別〜
p4030037.jpg

幹線と言えども、函館本線や室蘭本線には単線区間も残っています。
単線区間にある伊達紋別でも上下列車の行き違いが行われます。
この日の特急「北斗」は、ハイデッカーグリーン車を2両組み込んだ豪華編成でした。

〜原色のDD51〜
p4030038.jpg

貨物列車牽引用のDD51形ディーゼル機関車は、更新が進み塗装も変更されていますが、国鉄時代の原色を残す車輌もありました。

最後の途中停車駅
〜南千歳〜
p4030039.jpg

現在の新千歳空港駅が開業する以前は、ここが新千歳空港の玄関口でした。
上野から札幌までの間で「北斗星」が最後に停車する途中駅です。

JR北海道の車輌工場
〜苗穂〜
p4030040.jpg

苗穂駅に隣接するJR北海道の苗穂工場の横を通過します。
終着札幌はもう目の前です。

終着駅
〜札幌〜
p4030041.jpg

上野を出発して約16時間1200kmの旅が終わりました。
あっという間の「北斗星」の旅でした。

〜札幌〜
p4030042.jpg

函館から札幌まで「北斗星」を牽引したDD51形ディーゼル機関車です。
ヘッドマークには雪が着いています。

〜札幌〜
p4030043.jpg

乗客を降ろした列車は、夕方の折返し上り上野行の準備のため、札幌運転所に引き上げてゆきます。

▲ Topへ

札幌市内観光
〜ビール工場〜
p4030044.jpg

札幌の街は雪が残っていました。
昼食のあと、足元を気にしながら市内観光です。
札幌と言えばビールです!

p4030045.jpg

我が家で飲む缶ビールとは味が違います。

〜札幌市内〜
p4030046.jpg

夜は蟹三昧でした。
札幌の夜は更けてゆきます。

▲ Topへ

札幌発上野行「北斗星2号」
〜札幌駅〜
p4030047.jpg

札幌で一泊した翌日は小樽で雲丹を堪能しました。
帰りの列車は「北斗星2号」です。

〜「北斗星2号」入線〜
p4030048.jpg

札幌駅の入線は発車の数分前です。
長距離を走る寝台特急列車には少し慌しい始発駅の旅支度となります。
入線から出発まで少なくとも30分以上は欲しいところですが、 ホームを有効に使うためには仕方の無いことなのでしょうか。

〜JR北海道のロイヤル〜
p4030049.jpg

乗車したのは9号車1番です。
室内の灯りを消すと窓上の壁から天井にかかる所にステラリウムと呼ばれる絵が浮かび上がります。

実は、札幌の復路はB寝台を確保していたのですが、往路のロイヤルの居心地の良さに、急遽ロイヤルに変更したのです。
乗車するまでステラリウムの存在を知りませんでした。
JR北海道の車輌にだけ備わっていました。

〜ロイヤルのキー〜
p4030050.jpg

部屋の鍵は北斗星のマークが入った革のキーホルダー付きです。

グランシャリオでディナー
〜北斗星の食堂車〜
p4030051.jpg

往路の夕食は上野駅で仕入れた弁当で済ませましたが、帰りは食堂車での食事を予約しました。
北斗星で予約するディナーは2回設定されています。
19時40分からの2回目を選択しました。
食堂車の入口にはクリスマスの装飾がありました。

〜二人分のセッティング〜
p4030052.jpg

私達以外に客は無く、約1時間半のディナーは贅沢にも食堂車の貸切状態でした。
途中停車した八雲駅で高校生が手を振ってくれたのが印象に残っています。

ED79形交流電気機関車
〜函館〜
p4030053.jpg

函館で青函トンネル専用のED79形交流電気機関車に交替します。

海底の駅を通過
〜青函トンネル〜
p4030054.jpg

北海道と本州を結ぶ「北斗星」は全長50km以上もある青函トンネルを走ります。
トンネル内には2つの駅がありますが、正確には駅は海の真下ではありません。

乗務員の交代
〜蟹田〜
p4030055.jpg

深夜の蟹田駅でJR北海道の車掌からJR東日本の車掌に交代します。
対向の下り貨物列車は「北斗星2号」が到着するとすぐに北海道へ向けて出発してゆきました。

2度目の機関車の交替
〜青森信号所〜
p4030056.jpg

青森信号所に停車してED79からEF81形交直両用電気機関車に交替します。
以前は青森駅に停車していましたが、新幹線工事などの都合により客扱いのできない信号所で機関車を付け替えることになりました。
深夜の青森は雪が積もり、いっそうの静寂の中にありました。

朝の停車駅
〜郡山〜
p4030057.jpg

夏場であれば既に陽のさす時刻です。
隣ホームのローカル列車には学生達の姿も見えます。

交流電化区間から直流電化区間へ
〜黒磯〜
p4030058.jpg

赤い交流電気機関車の群れが見えてくると間もなく黒磯駅です。
交流電化から直流電化に切り替わる箇所ですが、EF81形電気機関車牽引の「北斗星2号」は停車することはありません。

〜交流電車と直流電車〜
p4030059.jpg

全国でも駅で交直流の切替えを行う所は珍しいものです。
交流専用電車と直流専用電車が一度に見られるのも黒磯ならではの光景です。
かつては直流・交流の切替えや機関車の付替えのため数多くの列車で賑わっていましたが、当時の活気は感じられません。
今や黒磯駅の南北を直通する定期旅客列車は、上野・札幌間の寝台特急列車のみです。
かろうじて機関車付替えを行う貨物列車に面影を偲ぶことができます。

〜直流電気機関車〜
p4030060.jpg

黒磯駅構内の南側には直流電気機関車の留置線があります。
EF65形直流電気機関車も外観の色が塗り替えられ、新鋭のEF210形直流電気機関車に混じって老体を休めています。

〜すれ違う貨物列車〜
p4030061.jpg

東京に近づくにつれ、すれ違う列車の数が増えてきました。
旅客列車に混じって貨物列車も多く走っています。

特急電車と併走
〜大宮〜
p4030062.jpg

最後の途中停車駅の大宮を出ると、ほんの少しの間だけ高崎線からの上り特急電車と併走します。
ともに上野行で、このあと同じ線路上を走ることになるため、「北斗星2号」は道を譲ります。

〜尾久〜
p4030063.jpg

東北本線では上野の一つ手前である尾久駅を通過します。
その昔、客車区と呼ばれた車庫も今は車両センターと呼び名を変えています。
折りしも出発線には、パンタグラフを上げたEF65形直流電気機関車が新型のお召し電車(団体列車と共用)の「和(なごみ)」を従えて待機していました。

〜日暮里付近〜
p4030064.jpg

「北斗星2号」は、新幹線とも併走します。

〜鶯谷〜
p4030065.jpg

京浜東北線や山手線と並んで走ると間もなく終着の上野です。

終着駅
〜上野〜
p4030066.jpg

上野、札幌間の「北斗星」往復の旅は終わりました。
ロイヤルの寝心地はよく、とても快適な旅でした。
とは言え、眠ってしまうのが勿体無く、夜の車窓を眺めていましたが…。

〜上野〜
p4030067.jpg

「北斗星2号」は乗客が降りるのを待って、機関車を最後尾に後ろ向きで車庫へ引き上げていきました。
またいつか、乗車できる日が来ることを期待して見送りました。

▲ Topへ

〜東京発の寝台特急〜「富士」

(2007年1月)

全盛期は西鹿児島(現在の鹿児島中央)まで24時間以上を掛けて走っていた寝台特急「富士」。
既に走行区間が短縮され大分行となり、さらには熊本行「はやぶさ」との併結になっていましたが、 このときを逃しては一生乗ることができない、との焦燥感から意を決し、会社を定時で出たその足で東京駅へ向かいました。
2007年が明けて間もなくの時期であり、このときはまだ正式な廃止のアナウンスはありませんでした。

▲ Topへ
ブルートレインは東京から
〜東京駅〜
p4030001.jpg

全盛期を知るものにとって、出発はやはり東京駅でなくてはなりません。
二十数年前に「富士」で鹿児島へ発った友人を見送った日のことを思い出しながら・・・。

〜東京駅10番線ホーム〜
p4030002.jpg

「富士・はやぶさ」は、EF65PFを先頭に定時に入線してきました。
品川から牽引してきたPFは解放され、EF66を先頭に西を目指します。

〜A寝台シングルデラックス〜
p4030003.jpg

最初で最後の九州方面ブルートレインと思えば気合も入るもの。
一人用個室A寝台のシングルデラックスを手配しました。
廃止直前の頃のチケット入手の困難さが想像できないほど、
当時は一週間ほど前でも余裕で購入できました。

〜いくつかの駅を過ぎて〜
p4030004.jpg

徐々に夜も深まり、途中の駅も人影が少なくなってきます。

〜夜が明けて〜
p4030005.jpg

宇部線の車輌でしょうか。

〜EF66〜
p4030006.jpg

間もなく下関。機関車交換を見るべく先頭車両で待機しました。
ここにも人はいませんでした。

本州の西端
〜下関〜
p4030007.jpg

東京から長駆走りとおしたEF66形直流電気機関車。
高速貨物列車用に作られた機関車が、ブルートレインの先頭に立つなどとは、 その昔は夢にも思いませんでした。

〜関門の機関車〜
p4030008.jpg

下関−門司間は交直両用の電気機関車EF81形です。
この機関車にはヘッドマークは付きません。

「富士」「はやぶさ」の別れ
〜門司〜
p4030009.jpg

門司駅では前寄りの熊本行「はやぶさ」が先行し、分離した「富士」が後発します。 ともにED76形交流電気機関車の牽引です。

〜先発の「はやぶさ」〜
p4030010.jpg

〜後発の「富士」〜
p4030011.jpg

終着駅の「富士」
〜大分〜
p4030012.jpg

東京から約17時間の旅を終え、大分に到着した「富士」。
客車の方向幕は、早くも折返しの上り東京行の表示になっていました。

▲ Topへ

〜東京発の寝台特急〜「出雲1号」

(1997年11月)

まだ、東京駅から出発する寝台列車が何本かありました。
その中から、山陰へ向かう寝台特急「出雲1号」を選び、山陰から山陽を巡る行程を計画して旅に出ました。
開放B寝台の一画を妻と二人で占有できるほど、車内は閑散としていました。

▲ Topへ
神話の国へ
〜東京駅〜
p4030068.jpg

「出雲1号」の牽引は、EF65形電気機関車のうちPF型と呼ばれる客貨両用に製造されたグループです。
当時は東京駅の機回しの関係から、EF65は客車より先に東京駅の下り方で待機し、 「出雲1号」の客車は次の「あさかぜ」を牽引するEF66形電気機関車が品川の車庫から東京駅までを引っ張ってきていました。

写真は、神田寄りの最後尾となる客車と品川から牽引してきたEF66です。

〜東京-京都の牽引機EF65〜
p4030069.jpg

東京から京都まで、東海道本線を牽引するEF65形電気機関車です。

〜「出雲」のテールマーク〜
p4030070.jpg

ブルートレインの全盛期は過ぎており、食堂車の営業はありません。
車内販売も心許なく、東京駅のデパートの地下街で弁当類を買い込み、出発して間もなくビール片手に食らいつきました。

24系25形客車の最後尾に照らされたテールマークは、神話の国の八雲をイメージした雲でしょうか。

朝陽に輝く
〜米子駅〜
p4030071.jpg

気がつくと既に夜が明けていました。
米子駅に停車し山陰本線をさらに西へ進みます。

編成が分割される
〜出雲市駅〜
p4030072.jpg

「出雲1号」は出雲市駅に到着すると、当駅止まりの編成と終点の浜田まで行く編成とに分割されます。
今回の旅では、出雲市で下車しました。
山陰本線は殆どが非電化の路線であり、「出雲1号」の牽引はDD51形ディーゼル機関車です。

〜出雲市までの編成〜
p4030073.jpg

地平時代の出雲市駅に静かに停車しています。
高架工事はだいぶ進んでいるようでした。

▲ Topへ

〜417M急行「アルプス17号」〜

(1980年5月)

初めて一人旅に出ました。行先は「春まだ浅い信濃路」です。夜行の165系急行「アルプス」に乗りました。
列車番号417Mの急行「アルプス17号」新宿発南小谷行の編成は、松本までの基本編成8両が、
クモハ165-112・モハ164-842・サロ165-32・サロ165-36・サハシ165-52・クモハ165-58・モハ164-806・クハ165-160
南小谷までの付属編成4両が、
クモハ165-64・モハ164-812・クハ165-77・クハ165-68
です。

▲ Topへ
p4030013.jpg

この頃からグリーン車の等級帯が省略されました。2両のグリーン車のうち、1両は帯が消されていました。
乗車したのは、もちろん普通車です。
(写真は新宿駅)

深夜の甲府駅
p4030014.jpg

昼間の急行とは異なり、時間をかけて走行します。
初めての一人旅。もちろん眠ることなどできませんでした。

早朝の松本駅
p4030015.jpg

時計の針は午前5時を指しています。
12両編成の「アルプス」は、この先、付属4両編成の普通列車として大糸線を北上します。
松本止まりの基本8両編成には、サハシ165の姿も見えます。

松本運転所
p4030016.jpg

松本の停車時間を利用して、跨線橋から松本運転所を眺めます。
普通列車に80系の姿は既に無く、115系1000番代車に置き換えられていました。
EF64の姿も見えます。この頃は、中央西線・篠ノ井線に客車列車の設定がありました。

松本運転所北松本支所
p4030017.jpg

大糸線車輌のねぐらです。スカイブルーの旧形国電が新鮮に映りました。
北松本駅の周辺も、今では車輌基地の面影などまったく残っていません。
165系の車窓から。

朝陽に映える北アルプス常念岳
p4030018.jpg

この旅行は、松本に暮らすことを決意したきっかけとなった旅でした。
こんな景色を眺めて暮らせたら、どんなに素晴らしいことか。
旅の数年後に実現させました。

途中下車
〜大糸線穂高駅〜
p4030019.jpg

新宿から乗車した165系急行「アルプス」〜普通列車の旅は、ここ穂高まで。
早朝のため土産物屋も開店前で、有明方面に歩きながら大糸線の列車を撮っていました。

大糸線の旧形国電
p4030020.jpg

せっかくなので、旧形国電の走行写真を紹介します。

〜クハ55、クモハ51〜
p4030021.jpg

足回りが隠れてしまいました。
この当時は撮れればよい、という感覚でした。

▲ Topへ